伝統的河川工法による「生きものにやさしい川づくり」
聖牛
わが国ではその自然的・社会的特性から洪水災害が多く、洪水から住民の生命と財産を守るための治水事業は、昔から極めて重要なものであった。そのため、人々は安全性や耐久性などを考慮して最良の工法を模索し、わが国の河川特性に適応した河川工法(伝統的河川工法)を育ててきた。
伝統的河川工法は、施工場所への対応性、施工後の地盤変化への順応性などが高く、自然の素材を用いているので、材料そのものが周囲になじみ良い。しかし、それ以上に有難いことは、隙間の多い構造のため、時間の経過と共に、それぞれの地域、環境に応じた植物を生長し、繁茂させることである。
ヨーロッパに比べ気象条件に恵まれた我が国では、緑の回復には全く問題が無い。しかも川にすむ生物へ好影響を与えているなど近代的治水工法に比べて優れた点も多い。したがって、わが国の伝統的河川工法は、使用する工法や材料、施工場所、施工方法などに工夫や改良を加えることによって、多自然型川づくりに資する大きな可能性を持っているといえる。そのような観点から、今日的視野にたった伝統的河川工法の見直しが行われる必要があろう。
河川は元来、流水部以外は植物によって囲まれ、河原は絶えざる土砂の移動と相剋の場であり、緩流河川には草、菅類、急流河川では柳類が育つ。「伝統的河川工法」は本来の川の作り出したものを活用した工法であり、自然の摂理にかなっているからである。
むしろ治水対策上の問題は、植物が繁茂しすぎて、河川の有効断面を犯したり、粗度係数を増加させたり、流失する植物が下流に害を与える恐れなどがあり、中小河川では最小限度の管理が要求される。また、生態系的には、単一品種がはびこって植生の多様化を失わせるなどの心配もあり、余りいじりつくさず、その維持管理については、どの種をいつ切り取るのかといった生態系の専門家の調整が必要であろう。
生態系より見て「伝統的河川工法」の優れている点は、魚巣ブロックなどと異なり、河床、水際部、河岸に至るまで隙間の多い構造が連なっていることである。国内における天然素材を用いた伝統的河川工法の施工地点では、概ね多くの水生生物の生息場所となり、また、これらの地点はほとんど水際までヤナギやヨシなどの植物が生育しているため、陸上の動物にとっても水面との連続性が確保されている。その中でも、根固めなどに用いられた木工沈床、巨石を用いた空石積み護岸や水制などの施工地点では、特に多くの魚が確認された。
これらの工法を用いた場合、素材間の空隙の形状が多様で、かつ流速の変化も大きい。従って、魚は自身の習性に応じた形状の空間あるいは流速帯を選択することが可能となる。つまり、そうした環境は多種の魚を多数生息させることができる収容力を有していると言える。従って、陸上の小動物にとっても水面への連続性が途切れず、水際に育つ樹木により食物連鎖も確保される。ただ、蛇篭工、杭柵等の工法が単一化すれば、折角の空隙もまた変化に乏しくなりがちであり、狭い空間のみが形成され、内部の流速変化も乏しいため、魚の生息にとっての空間構造が単調になりやすい。
このような空間は、ウナギ、エビなどの穴居性のものは生息が可能であるが、多くの遊泳性の魚にとっては必ずしも好適とはいえない。空隙の大きさにも巨石積等による差異をつけ、穴居性のものだけでなく遊泳魚が隠れるような多少大きな穴も欲しい。
このように、水中生物の生息に配慮するのであれば、空間の形状、流速に多様性を持たせる必要があり、素材そのものよりは、むしろ構造にポイントを置くことが重要である。これらの空間構造の多用性は、具体的には渕と瀬の問題であり、つまりは河岸構造よりも、むしろ、水制工の施工によらねばならない。空間構造の多様性とは、水深、流速、河床材料などの川の縦断的な変化が求められるからである。